日本最初の実測地図である「大日本沿海輿地全図」を作成した伊能忠敬は、九十九里町の出身。50歳を過ぎてから天文学を学び、全国を測量して歩いて地図を完成させた功績をたたえて、九十九里町では銅像を建立、その周辺は公園として整備されています。

クラシック・ギターの中村大介さん(九十九里出身)と、ピアノ・ボーカルの賀来 里衣さん(岡山県出身)からなるデュオ。千葉県でワンマンライブを成功させるなど、精力的に活動の場を広げています。
九十九里町出身の元プロ野球選手。成東高校、早稲田大学とキャプテンとして活躍し昭和47年に阪神タイガースに入団。現役引退後には、監督に就任され、平成18年よりオリックスの監督に就任。現在は球団本部長、取締役を兼任されています。

「ホトトギス」に投句したところ高浜虚子に認められ門下入りし、今日虚子門下四天王の一人といわれている俳人です。以後ホトトギスの課題句選者となりました。俳誌「辛夷」を創刊するなど、以後の俳句界にも影響をあたえました。

伊藤左千夫は、上総国武射郡殿台村(現在の山武市)の出身です。上京して正岡子規の門下に入り短歌を修め、子規の没後は「阿羅々木」(後に「アララギ」と改名)を蕨眞らと発行。アララギ派は島木赤彦、斉藤茂吉、土屋文明など優れた歌人を多数輩出しました。

正岡子規の門弟である蕨眞(わらびしん)(本名眞一郎)は、上総国武射郡埴谷村(現在の千葉県山武市)出身の歌人。伊藤左千夫と共に「阿羅々木」(後に「アララギ」と改名)を発行するなど、現代の歌壇の礎を築いた一人です。

山武市(旧山武郡蓮沼村)出身の元プロ野球選手。 成東高校では1年からエースとなり速球投手として名を馳せ、1972ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。1989年に現役を退いてからは、野球解説者としてご活躍されています。

大網白里町で生まれた石井雙石は、明治時代の篆刻家です。99才で生涯を閉じるまでに紫綬褒章、勲四等旭日小綬章を授与されました。政府関係の印章等の重要な刻印を手掛けるなど、篆刻の第一人者としてご活躍されました。

昭和181943)年から利根川の水を香取・匝瑳・山武・長生(4郡)の水田の藩漑用水として利用する両総用水の完成に尽力。その功績から大網白里町の名誉町民の第一号に推載されました。顕彰記念碑が建立されています。

網元画家の斎藤巻石は、九十九里浜の網元斉藤四郎右衛門家に生まれ、自ら書画を嗜む一方、多くの文化人との交流を通して地域の文化発展へも貢献されました。東京国立博物館に作品が所蔵されています。

ドラマ「高校教師」で一躍人気女優となった桜井幸子さんは、大網白里町出身です。

日本を代表するモーターサイクル・ロードレースライダーの中野真矢さんは、大網白里町の出身。
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